ほんとノート

40代主婦の子育て・暮らし・家づくり。実際にやってみたこと、失敗したこと、考えたことを綴っています。

お年玉って面倒くさい?親になって気づいた「ポチ袋・新札・お金の準備」が大変な理由

子どもの頃は嬉しかったのに、親になると途端に面倒に感じるもの。

私にとって、そのひとつがお年玉です。

子どもの頃は、かわいいポチ袋に入ったお年玉が楽しみでした。

そう、私はかわいいポチ袋が好きだったんです。

お年玉そのものはもちろんですが、「今年はどんなポチ袋かな?」と楽しみにしていた記憶があります。

でも、よく考えてみると……。

そのポチ袋を記念に取っておいたことは一度もない。

どんな柄だったのかも、今となっては覚えていません。

そして親になった今。

年末になると、

  • お年玉のお金を用意する
  • ポチ袋を用意する
  • 誰にいくら渡すか考える
  • 場合によっては新札を準備する

と、やることが増えます。

正直、ちょっと憂鬱です。

だって、よく考えたら、お金が消費されるわけではないんですよね。

親戚の間を、お金が移動しているだけ。

そう思ってしまう私は、毎年思うのです。

「これ、結構面倒な風習じゃない?」

そもそも、お年玉っていつから始まった?

そんなことを考えていたら、そもそも「お年玉」っていつから始まったんだろう?と気になりました。

調べてみると、昔のお年玉は、今のような「現金」ではなかったそうです。

お年玉のルーツには、正月に迎える歳神様(年神様)に関係する風習があります。

昔は、年神様に供えた餅などを家族で分けることが、お年玉のもとになったとされています。

つまり、もともとは、

「年神様からいただいたものを、みんなで分ける」

という意味合いがあったわけです。

今のように、子どもに現金を渡すものとは、ずいぶん違いますよね。

どうして「餅」から「現金」になったの?

では、どうして餅ではなく現金になったのでしょう。

時代とともに、お年玉は「年長者から子どもへ何かを与える」という形へ変化していきました。

そして、現在のように現金を渡す形が広く定着したのは、比較的新しいことだそうです。

戦後の生活の変化や貨幣経済の普及なども、その背景にあったのでしょう。

考えてみれば、

「子ども5人に餅を配ります」

より、

「はい、1人3,000円ね」

のほうが、圧倒的に便利です。

……餅より現金のほうが、扱いやすかったんでしょうね。

たくさんお餅をもらっても、困りますしね(笑)

ただ、便利になったはずなのに、現代ではそこにポチ袋や新札の準備まで加わっています。

親になって分かった「お年玉の面倒くささ」

お年玉の歴史を調べてみると、風習にはいろいろな意味があるんだなと思います。

ただ、時代が変われば、考え方も変わります。

親になってから私が感じる、お年玉の面倒くささ。

まず、お金を用意します。

  • 「何人分必要?」
  • 「いくらずつにする?」
  • 「新札、どうしよう?」

そして次にポチ袋。

  • 「人数分必要だな」
  • 「名前も書かなきゃ」

そうやって準備したポチ袋も、子どもが開けたら終了です。

結局、お金そのものは消費されるわけではなく、親戚の間を移動しているだけ。

もちろん、子どもにとっては「自分のお金が増える」という大きな意味があります。

私も子どもの頃は嬉しかったですし、それは今でも分かります。

でも親から見ると、

お金を用意して、袋に入れて、渡す。

冷静に考えると、なかなか大がかりな資金移動です(笑)。

「ご祝儀袋、高くない?」と思うようになった

そして、お年玉だけではありません。

入学祝いや進学祝い、進級祝いなど、人生の節目に渡すお祝いもありますよね。

ここでも私は、同じようなことを考えるようになりました。

例えば、現金1万円を包むために、数百円のご祝儀袋を買う。

そして渡した後は、中身だけ取り出されて袋は捨てられる。

……。

「この袋、もったいなくない?」

と思ってしまうんです。

もちろん、きちんとしたご祝儀袋には「お祝いを包む」という意味があります。

それは分かっています。

でも、どうしても「一度使ったら捨てるものに、そこまでお金をかけなくてもいいのでは?」と思ってしまう。

わが家はご祝儀袋・ポチ袋をやめました

「ケチくさい!」

と思われるかもしれません。

でも、やっぱり私はもったいなさを感じてしまうんです。

そこで、わが家ではご祝儀袋やポチ袋を買うのをやめました。

ご祝儀袋は「封筒+セリアの余ったデザインペーパー+おめでとうシール+マスキングテープ」

ご祝儀袋の代わりに使ったのは、家に余っていた封筒。

そのままだとさすがに味気ないので、以前子どもが工作で使って余ったデザインペーパーとおめでとうシール、マスキングテープを貼り、金の糸でリボンを付けました。

手作りしたご祝儀袋の写真

手作りしたご祝儀袋の写真

近くで見た感じ

近くで見た感じ

こんな感じです。

全部、子どもらの工作で余った資材です。

市販のご祝儀袋を買わなくても、これで十分じゃない?

そう思って、それ以来、ご祝儀袋を買わなくなりました。

ポチ袋は「余った折り紙」

ポチ袋は、子どもの工作などで余った折り紙を利用。

折り紙を折ってポチ袋にして、お金を入れます。

折り紙で作ったポチ袋

折り紙で作ったポチ袋

そして、実際に使ってみたら……。

  • 「ビリビリッ」
  • 中身を取り出す。
  • ポチ袋はポイ。

……ですよね(笑)。

予想どおり、ポチ袋はその場でゴミになりました。

でも、不思議とダメージはありませんでした。

だって、余った折り紙ですから。

入学祝いならPayPayやAmazonギフト券でもよくない?

そんなことを考えているうちに、今度は別の疑問が出てきました。

入学祝いなども、現金じゃなくてよくない?

実際、子どもの入学祝いに図書カードをいただいたことがあります。

図書カードももちろん便利です。

でも、使える場所や用途はある程度限られます。

だったら、

Amazonギフト券のほうが便利じゃない?

あるいは、

PayPayでもいいんじゃない?

と思ったんです。

今の生活なら、そのほうが使いやすい人もいるでしょう。

「もう、現金じゃなくてもいいんじゃない?」

そう思って夫に相談してみました。

すると、夫の答えは、

「現金にして」

でした。

……ですよね。

身内からは図書カードだったんだけどなぁ。

(T T)ゲンキンデスカ……

それでも「現金」が残る理由

夫の意見を聞いて、少し考えました。

お祝いって、単純に「相手にお金を渡せばいい」というものでもないんですよね。

お祝いには、

  • お祝いする気持ちを形にする
  • 相手に使い道を任せられる
  • 誰にでも分かりやすい
  • 「お祝いらしさ」がある

という部分があります。

特に人生の節目のお祝いなら、現金をきちんと包んで渡すこと自体に意味があるのかもしれません。

そう考えると、

合理性だけでは割り切れないのがお祝いなんだろうな。

と思うようになりました。

PayPayやAmazonギフト券のほうが便利だとしても、「お祝いとして現金を包んで渡す」という文化は、そう簡単にはなくならないのかもしれません。

それでも私は「お金を包む袋」にお金をかけたくない

よくよく考えれば、お金の移動って、手数料がかかるものなんですよね(笑)。

ポチ袋も、ご祝儀袋も、手数料だと思えば……。

思えば……。

思えば思うほど、手数料は抑えたい。

そこで私は、こう考えるようになりました。

  • お金を贈ること自体には意味がある。
  • でも、そのための袋に高いお金をかける必要はない。
  • 余った折り紙でもいい。
  • 余った封筒でもいい。
  • おめでとうシールを貼ってもいい。
  • なんなら、手作りが好きなら自分でデコレーションしてもいい。

大事なのは、

「袋ではなく、中身と気持ち」

なのではないでしょうか。

少なくとも私は、そう思うようになりました。

身内はポチ袋を使い回し、新札も用意していなかった

実は、わが家の身内には、かなりフランクなお年玉文化があります。

なんと、ポチ袋を使い回しているんです(笑)。

しかも、渡す相手の目の前で。

おまけに、財布からお金を取り出して、その場でポチ袋に入れて渡す。

最初は、

「えっ、今ここで包むの?」

と、ちょっと衝撃的でした(笑)。

もちろん、新札をわざわざ用意しているわけでもありません。

でも、考えてみれば、それで誰も困っていないんですよね。

お年玉をもらった子どもは、ちゃんと嬉しそうです。

この「一族の中で、こういうフランクな対応をしてくれる人がいた」ということも、今回のポチ袋・ご祝儀袋問題を考えるきっかけになりました。

だからこそ、わが家の

  • ポチ袋 → 折り紙
  • ご祝儀袋 → 茶封筒への装飾

というやり方にも、特に違和感なく過ごせているのかもしれません。

まとめ|お年玉は面倒。でも、なくならない理由も少し分かる

子どもの頃は、

「お年玉最高!」

だった私。

でも親になった今は、

「また準備しなきゃ……」

と思うようになりました。

お金を用意して、袋を用意して、名前を書いて。

冷静に考えると、かなり面倒です。

しかも、お金そのものは消費されるわけではなく、親戚の間を移動しているだけ。

それでも、調べてみると、そもそも昔のお年玉は現金ですらなかった。

形を変えながら残ってきた風習なら、これから先も少しずつ形が変わっていってもいいのかもしれません。

現金がPayPayやギフト券になる日が来るかもしれない。

ポチ袋だって、必ず市販のものを使う必要はない。

少なくとも私は、

「お金を贈ること」と「立派な袋を用意すること」は別の話

だと思っています。

……というわけで、今年も私は余った折り紙を探します(笑)。

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